市場調査 2023年08月25日03:31

【第103回(第4部19回)】インドシナ・マレー半島縦断鉄道構想/タイ中高速鉄道8 ブワヤイ

インドシナ半島の新たな大動脈として期待される「タイ中高速鉄道」の建設工事は、バンコク(クルンテープ・アピワット駅)から東北部ナコーンラーチャシーマーに至る第1期(約253キロ)と、その先のラオス国境ノーンカーイまでを結ぶ第2期(約356キロ)の2工区に分別される。前者は一部着工済みで、進捗率は6月末現在約22%。一方の後者は、環境影響評価(環境アセスメント)の手続きが進行中で、早ければ年内にも閣議決定され来年早々にも着工に運びだ。全長600キロを超える夢の高速列車は、最高速度250キロでバンコク~ノーンカイを3時間15分で結ぶ計画だ。連載は今号から第2期工事区間の新駅を取り上げる。

【第103回(第4部19回)】インドシナ・マレー半島縦断鉄道構想/タイ中高速鉄道8 ブワヤイ

東北地方の玄関口ナコーンラーチャシーマー駅(ナコーンラーチャシーマー県ムアン郡)を発車したタイ中高速鉄道の車両は、30分ほどでの県北端にあるブワヤイ駅の高架ホームに滑り込む。この間80キロ余り。人口50万人を擁するムアン郡に対し、同駅のあるブワヤイ郡は8万人ほどしかなく、高速鉄道の駅としては若干の寂しさも残る。しかし、同駅から西に延びる在来線のバイパス支線は、コアなタイ旅行客には知られた絶好の景勝地。そう、湖上を縫うように延びる鉄路と一面のひまわり畑が待ち受けているのだ。
 ブワヤイ・バイパス支線は、在来線の東北部本線ゲンコーイ駅(サラブリー県ゲンコーイ郡)とブワヤイ駅を結ぶ約250キロの迂回線。チャオプラヤーデルタからコラート台地にかけては急峻なドンパヤーイェン山脈が待ち受けており、本線の貨物輸送力にも限界があった。このため計画されたのが同バイパス支線で、1950年初めには着工。67年8月には全線開通となった。もともとこの地にはサラブリー周辺から北進してラオスに抜ける鉄道敷設計画が戦前からあり、その一部が活用された。
 とはいえ、当初からダム湖とひまわり畑といった観光地があったわけではない。その誕生までには若干の歴史と大規模な鉄道改修工事があった。ダム湖のパーサックチョンラシットダムは89年2月、ラーマ9世(プミポン国王)の発案でロッブリー県パッタナナニコム郡に計画され、パーサック川沿いに建設が始まった。バンコクなどタイ中部での水確保が目的だった。
 ところが、ダム建設により湖底に水没する沿線地域があることが計画途上で判明した。このため、路線を迂回もしくは橋梁化することでこれを回避することとなった。調査の結果分かったのは、水没する駅は3駅。新たに整備を要する区間は23キロ余りとなり、長駆の水上橋梁の誕生となった。現在この区間はタイでも屈指の列車が水上を走る景勝地となっているが、その誕生の裏側にはこんな偶発的な事情があった。
 ダムの建設工事は94年12月に着工され、98年6月には完成に伴う貯水式典が行われた。鉄道も同時に新区間に切り替えされ、現在に至っている。ダムは堤高36.5メートル、堤頂長4860メートル、貯水量は最大で9億6000万立方メートルを誇る。タイでも屈指の貯水ダムとして知られている。しばらく前まで旧1000バーツ紙幣の裏側に印刷されていた。
 一方、ひまわり畑がいつからあったかは判然としない。タイ国政府観光庁によると、毎年乾季を迎える11月中旬から翌1月下旬にかけて見頃となり、一面のひまわりの花が沿線の丘という丘を覆う。花は一度に長期間咲いていられるように、入念な手入れが施されているらしい。タイ国鉄はこの間は臨時観光列車を運行させて、イベントを行う。臨時列車は臨時停留場で乗客を降ろして写真撮影に応じ、周囲は出店などで賑わうという。
 タイ中高速鉄道が完成すれば、途中駅のブワヤイあるいはサラブリーで乗降した観光客がブワヤイ・バイパス線を使って、水上橋梁やひまわり畑を堪能することが容易となる。バンコクなどからの日帰り観光の利便性も増す。沿線周辺ではこうした需要も当て込んで、高速鉄道の早期開通を楽しみにしている。
 ナコーンラーチャシーマー県の北端に位置するブワヤイ駅だが、その地理的重要性は戦前から指摘されていた。1941年政府策定の全国鉄道建設計画には、東北部本線ノーンカーイ線が同駅で枝分かれしてラオス中部国境ムクダハーンに向けた新線敷設計画が記載されている。
 バイパス線ももともとはサラブリーから北上して東北部ルーイを経由し、ラオス・パークライに至るルートの一部として計画されていたが、これには当時の政治的事情もあった。戦時中のピブーンソンクラム首相は連合国軍の爆撃が激しくなって来たのを機に、バンコクから北部ペッチャブーン県への臨時遷都を検討したことがある。その際の輸送路として持ち上がったのが、サラブリー~パークライの鉄道新線だった。ラオスまでの延伸とされたのは、タイが当時、同地の回復を企図していた事実としても注目される。(つづく)

シェア

今すぐ登録すると、さらに詳細な情報が閲覧できます。