ビジネスニュース 2023年12月28日10:21

躍動するタイのEV産業 政府が新たな普及策「EV3.5」を承認、現地生産も加速へ

タイの電動車市場において、HVからのEVへのシフトが加速している。政府は2030年までに自動車総生産台数に占めるEV比率を30%に引き上げる目標「30/30政策」に基づきEVの利用と生産を促進し、タイをASEAN地域のEV生産ハブに押し上げ、将来的にタイを低炭素社会に導く計画だ。

躍動するタイのEV産業 政府が新たな普及策「EV3.5」を承認、現地生産も加速へ
▶ 政府がEV普及策を延長
 
 タイ政府は23年11月1日、初のEV政策委員会(NEVPC)を開催し、24年からの第2期EV普及策「EV3.5」の導入を決めた。セター首相をトップとするEV政策委員会は、2030年に自動車生産台数の30%をEVとする「30/30政策」に沿って、引き続きタイをEV生産ハブにすることを目指す。
 EV3.5は、23年の年末までの第1期EV普及策であるEV3.0の後継政策となる。期限は24~27年までの4年間。EV3.5の項目はEV3.0とおおむね同様で、EV乗用車やEVピックアップトラック、電動バイクなどを対象にモデルやバッテリー容量ごとに補助金を拠出するほか、物品税の減税、輸入関税の引き下げを行う。
 ただ、補助金については、EV3.0が最大15万バーツなのに対し、EV3.5では最大10万バーツと補助額は引き下げられ、輸入完成車の台数に対して義務付けられる。また、タイ国内でのEV生産台数の条件も厳しくなった。具体的には以下のとおりで、詳細は今後、関係部署と詰める予定だ。
● 補助金(1台当たり)
(1)EV乗用車
・ 販売価格が200万バーツ以下でバッテリー容量が50キロワット時(kWh)未満:2万~5万バーツ
・ 販売価格が200万バーツ以下でバッテリー容量が50kWh以上:5万~10万バーツ
(2)EVピックアップトラック
・ 販売価格200万バーツ以下でバッテリー容量が50kWh以上:5万~10万バーツ
(3)電動バイク
・販売価格が15万バーツ以下でバッテリー容量が3kWh以上:5,000~1万バーツ
 
● 物品税
・ 700万バーツ以下のEV乗用車:8%から2%に減税
 
● 完成車(CBU)輸入時の関税
・ 販売価格が200万バーツ以下のEV乗用車:2024年から2025年までの2年間、最大40%の引き下げ
 
 EV3.5では、条件となる国内生産のハードルが高くなった。26年または27年に国内生産を始めることを条件とし、26年に生産を始める場合は24~25年に輸入販売したEV台数の2倍以上、27年に生産を始める場合は同3倍以上の生産が義務付けられる。さらに、輸入EV用バッテリーは工業製品規格を満たし、国際規格に従い国立自動車試験・認証センターが実施する標準試験に合格しなければならない。
 
▶ 自動車業界は前向きな反応
 
 タイ投資委委員会(BOI)のナリット長官は、「EV3.5は、EV生産ハブとしてのタイの地位をさらに強固なものにすると確信している。新たな施策の導入により、タイでの生産拠点設立を目指す新たな投資家を誘致し、既存の起業家にもEV産業への移行を促すことが期待される。これらの施策は、温室効果ガス排出量を削減し、2050年までにカーボンニュートラルに移行するというタイの目標にも合致している。EV3.5は、タイ政府が引き続きEV産業を支援し、投資家を歓迎することの表れだ」と述べた。
 自動車業界はEV3.5に前向きな反応を示している。特に中国メーカーはタイへのEV投資を拡大し、24年のタイ生産開始に向け攻勢を強めている。一方、欧州企業は、各社のEV価格が200万バーツ以上と高額でEV3.5の支援対象とはならないため、タイ政府による追加措置に期待を寄せている状況だ。
 タイのEV販売は着実に伸びており、タイ工業連盟(FTI)が発表した23年1~10月のバッテリー式電気自動車(BEV)の乗用車登録台数は前年同期比8.2倍の5万7,933台を記録した。タイは2017年以降、EV産業に614億バーツ(約2,600億円)の投資を誘致している。これらの投資にはBEV生産プロジェクト、電動バイクおよびバッテリーの主要部品生産、EV充電ステーションの設置などが含まれる。
 カシコン銀行傘下のシンクタンク、カシコン・リサーチ・センター(KRC)は、24年のタイのEV販売台数は23年見込み比25%増の8万5,000 台、シェアは10%と予測。さらに、EV3.5を24年初めに導入した場合には、47%増の10万台に伸長すると見込んでいる。またKRCは、23年の乗用車販売市場におけるEVのシェアは17%、24年には21%になると予測している。
 価格と購買層については、タイでは現状、EV乗用車の約60%が100万バーツ以上で販売されており、購入者の多くはセカンドカーとしてEVを購入するなど、購買力が高い傾向にある。また、企業やタクシー事業者のEVへの乗り換えも増えている。今後、EVエコシステムが改善し、消費者が自信を深めて最初のクルマとしてEVを購入するようになれば価格は時間の経過とともに手頃になり、100万バーツ未満のEV乗用車が市場シェアを拡大する可能性がある。
 
▶ EV産業の課題と展望
 
 タイではEVメーカーの積極的なマーケティング活動、政府支援による魅力的な価格、優れた車体機能などにより、EVの販売は今後も大幅に伸びると見られているが、EV普及に向けて解決すべき課題も少なくない。その1つが充電インフラの整備だ。タイ政府は、2030年に公共のEV急速充電器の数を1万2,000基とする目標を掲げている。しかし現状、EV販売の急増に設置が追い付いていない。タイ電気自動車協会(EVAT)によると、国内のEV充電器の設置数は23年6月末時点で4,628基となっている。地方部では充電ステーションのない空白地域も目立つ。都市部では自宅に設置したくても、集合住宅の場合、導入の合意を取るのが難しいという問題もある。
 ユーザーは充電料金に対しても敏感だ。EVは、車両価格は高くても、電気料金がガソリン代よりも安いことが大きなメリットだった。しかし近年は燃料価格の上昇に伴う電気料金の高騰によりEVのアドバンテージは薄れつつあり、民間企業の間では、充電ステーションに投資しても採算が取れないのではないかという声も出始めている。政府はそうした懸念を払拭し、充電インフラをさらに拡充させるために、税制などの各種インセンティブを業界に提供するなどして投資の継続を支えていく必要がある。また、2050年のカーボンニュートラル(炭素中立)を目指すタイでは、電源に占める太陽光発電や風力発電の比重が増えていくことが予想される。そのため今後は電力価格の変動を最小限に抑えつつ、安定的に電力を供給する体制を整えていくこともEV普及における重要なポイントとなる。
 人材不足も顕在化している。タイ電気自動車協会(EVAT)のウテーン副会長は、国内のEV産業で技術者など約5万3,000人が不足していることを明らかにした。ソフトウエア、材料工学、シミュレーションなどの専門分野で特に人材不足が顕著という。同副会長は、「EV需要が拡大する反面、EV生産に必要な労働者や専門家の増加ペースは遅い」と指摘。「タイの教育システムがEVや関連産業にマッチしていない」とも述べ、危機感を示した。人材不足を解消するため、EVATは一部の国立大学と協力し、海外の研究所などと提携した教育プログラムを実施しているという。
 このように、タイのEV産業は緒に就いたばかりで課題は山積みだ。しかし自動車の電動化は、カーボンニュートラル達成という大目的に向けた構成要素の一部となっており、今後も国策として発展していくことは疑いようがない。タイ政府は2030年までに国内生産の新車のうち3割をEVにする目標を掲げており、各国の自動車メーカー、自動車部品メーカーはそれに呼応してタイへのEV投資に乗り出している。主役は中国メーカーだ。タイのEV市場でシェアトップの比亜迪(BYD)を筆頭に、長城汽車や上海汽車集団はEV販売台数を急速に伸ばしている。中国勢はEV現地生産に向けた体制作りも着々と進めている。BYDは24年半ばにも東部ラヨーン県で海外初の乗用車工場を稼働させ、供給網の現地化を進める。また長安汽車は25年第1四半期に、広州汽車は25年7月にラヨーン県でEV工場を稼働させる見通しだ。
 米国のEV大手テスラもタイ投資に前向きだ。テスラは22年12月、東南アジアでシンガポールに続く2カ国目としてタイ市場に参入し、23年8月にはバンコク都内に旗艦店を開いた。また23年11月、APEC出席のため訪米したセター首相は、カルフォルニア州にあるテスラのフリーモント工場を訪問。テスラ幹部と面会し、タイへの投資について協議した。テスラは24年第1四半期にもタイを訪れ、工場建設予定地を視察する予定だという。
 一方、タイ自動車市場のシェアが最大の日本メーカーは引き続きエンジン車やハイブリッド車(HV)を中心に生産しており、EVへの大型投資には慎重な姿勢だ。トヨタやホンダはタイでのEV生産を表明してはいるが、具体的な計画は示していない。
 タイで自動車関連イベントを運営するグランプリ・インターナショナルは、24年3月27日~4月7日に開催する「第45回バンコク国際モーターショー」の展示スペースの予約が23年末の時点で満杯に近づいていると明らかにした。EVメーカーの進出ラッシュにより通常より早いペースで予約が埋まっているようだ。
 2024年もタイのEV産業は拡大を続け、ASEAN地域のEV生産ハブを目指してさらなる躍進を遂げるだろう。
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