2021年12月に全線開業した「中老鉄路」は、ラオスの首都ビエンチャンと中国国境ボーテンを結ぶ全長約420キロの同国初の高速鉄道。最高時速は旅客でも160キロだから「高速」ではないという意見もあるが、19世紀末にフランスが南部チャンパーサック県で木材輸送のために開設したデット・コーン鉄道や、2009年にタイ国鉄が東北部本線を延伸して建設したタイ・ラオス架橋線では時速数十キロ運行であったことを考えれば、「高速」の呼び名に違和感はない。山岳地帯に住むラオス国民にとっても待ちに待った公共交通網として迎えられている。計画ではタイ側のタイ中高速鉄道との接続が確実視され、中国方面はすでに雲南省昆明南駅まで直通運転が始まっている。インドシナ・マレー半島縦断鉄道構想をめぐる連載は、今回から「中老鉄路」を一つずつ紐解いていく。

中老鉄路の構成駅は、旅客が始発駅のビエンチャンに始まり、到着順にポーンソーン、バンビエン、カーシー、ルアンパバーン、ムアンガー、ムアンサイ、ナモー、ナトゥーイ、それに終着駅となるボーテンの計10駅。貨物専用駅はビエンチャン南など計10駅がある。旅客駅と貨物駅のビエンチャン南駅などでは立派な駅舎がそびえるが、他の貨物駅は停車場と簡易な表示があるだけの質素な造りとなっている。
ビエンチャン駅があるのは、ビエンチャン都中心部から北東に車で15~20キロ。道が空いていても30~40分はかかる道のりだ。幹線道路から駅に通じる進入路を進むと、街並みは一気に様相を替え見渡す限りの田畑・放牧地となる。そこに突如として姿を現すのが、横幅220メートル、高さ25メートル、奥行き90メートルもある巨大な駅舎だ。正面上部にはラオス語と中国語で併記された駅名。威風堂々。6階建てのビルに相当する見上げるばかりの建造物だ。
建設工事は、中国の中央企業である中国鉄建傘下企業が請け負った。中老鉄路は、土木工事から駅舎の建設、橋梁の設置、レールの敷設、保安工事など全てが中国企業によって主導されており、ラオス側の関与は実質的に列車の運行だけ。それも、サービスのあり方など中国側の管理・指導の下にあって、実質的には中国国営鉄道とさえ言ってしまうことも可能だ。始発駅ビエンチャン駅を目にするだけで、背後にいる中国政府の存在をまざまざと感じ取ることができる。
敷地面積1万4543平方メートルは東京駅のそれの8分の1程度だが、周囲に建造物がほとんどない分、ひときわ大きく感じる。ここにプラットフォーム2面3線と側線、予備のプラットフォームなどが配置されている。1階正面から駅舎に入ると吹き抜けの巨大な待合室があり、乗客はここで乗車案内を待つ。最大収容人数は2500人。発車15分ほど前に乗車のアナウンスがあって、初めて乗客はホームに向かうことができる。中国側の要請に基づいた保安上の措置だ。
乗車したのは2024年4月初め。この日、運行していたのは、ビエンチャンから昆明南までの国際列車1往復に、中国国境の街ボーテンまでの快速列車と普通列車の各1往復。それに、古都ルアンパバーンまでの快速列車3往復。そして、ルアンパバーンを始発とし中国雲南省西双版納(シーサンパンナー)までを結ぶ快速列車1往復だった。シーサンパンナーは、タイ族のルーツの一つ「傣族」発祥の地としても知られている。
筆者は、このうち午前9時10分発の各駅停車K12便に乗車することにした。2つ先のバンビエンまでの123キロ。運賃は2等席で12万3000キープ(約800円)。バンビエンまで1時間27分、終点ボーテンまでは5時間22分の道のりだ。
乗り遅れてはならないと、8時前には駅舎に着き、乗車券を買い求めた。5つほど空いていた窓口は、いずれも10数人から20人ほどの長蛇の列。外国人も多くいたが、現地のラオス人と思われる人々も数多く並んでいた。中国人とみられる姿は事前の予想を超えてそれほど多くはない。ラオスの人々の鉄道だと実感された。
広々とした待合室には、すでに2、3百人ほどの乗客の姿があった。所々には、土産物を陳列した売店も。タイ石油公社PTT傘下のコーヒーショップ「カフェ・アマゾン」も店を構えていた。8時55分、館内放送が流れ、改札が始まった。全席指定なのだから急ぐ必要はないとも思ったが、空港でもどこでも人々は並びたがる。瞬く間に数十人の長蛇の列となった。
一人ずつ乗車券のQRコードをスキャンしていく鉄道職員。前後隣を見てみると、スマートフォンに映し出したQRコードを差し出す乗客も少なくなかった。ネット予約ができることを知った。予想以上に電子化が進んでいる様子だった。
扉の向こうには1番ホームがあった。だが、列車はその向こう島状ホームの2番線に停車している。階段を下り通路を進む。上がった乗車口のそれぞれに鮮やかな青色のユニフォームを着用した乗務員の姿があった。せっかくだからと、先頭車両からの写真を撮ろうと前方に向かったが、動きに気付いた係員に遮られた。文句を言ったが、身体を張って制せられた。(つづく)